1. 矯正歯科の治療目標について
矯正歯科では「歯並び咬み合わせを通じたQOLの向上」を目指します。
具体的には次のような目標があります。
① 整った歯並び
② 顎関節と調和した機能的な咬み合わせ
③ 調和のとれた口もと
④ 矯正治療後の長期安定性
⑤ 全身の健康増進への関与
むし歯・歯の脱灰・歯ぐきの炎症
矯正装置が入ることで、お口の中の衛生管理がより大切になります。
歯ブラシが行き届かないと、むし歯や歯の脱灰(初期むし歯)・歯肉炎(歯ぐきが赤く腫れてぶよぶよになる、歯ぐきから出血するなど)の原因になります。
プラーク・コントロールを中心とした口腔衛生管理を十分に行ってください。
また甘い食物の過剰摂取は、むし歯になりやすい口腔環境を作るだけでなく、カルシウム代謝に影響を与え、歯の移動や安定を遅らせることにもつながるので注意してください。
一方で矯正治療中は、専門医や歯科衛生士によるブラッシング指導を定期的に受けられる大きなメリットがあります。
治療中のむし歯は、装置がついているため発見が難しかったり、歯が動くことで今まで見えなかったむし歯が発見されたりすることがあります。状況によっては、一時的に装置をはずしてむし歯の治療を優先することがあります。
歯の痛み
矯正装置をつけると当日の夜くらいから数日の間、歯の痛みを感じることがあります。
これは歯が動き始めるときに生じる生理的な反応で、病的なものではありません。
また痛みの程度には個人差がありますが、毎回の治療の後、一週間程で静まるのが一般的です。
基本的には心配ありませんが、痛みが強い場合はできるだけ柔らかい物を食べ、食後の歯みがきでは歯と歯ぐきを優しくマッサージしてください。
また痛みが強くて眠れないようなら、市販の鎮痛剤を飲んで様子をみましょう。
歯髄炎の発現
稀に適正範囲の矯正力でも、歯が強くしみる症状が出る場合があります。
咬合、温度変化などの刺激が加わってない状態で、ズキズキした痛みが継続する場合や歯が変色している場合は歯髄炎(歯の神経の炎症)が疑われるため保存処置(抜髄=神経を取る処置)が必要になることがあります。
口内炎
矯正装置やワイヤーは複雑な形をしているため、頬粘膜、口唇、舌などが擦れて口内炎ができることがあります。
口腔粘膜は徐々に適応してきます。痛みが強いときは、カバーワックスを貼って患部に刺激を加えないようにして下さい。またビタミンCの適度な摂取は口内炎の予防に有効です。
歯肉退縮(リセッション)
歯槽骨(歯が生える土台となっている骨)や歯肉が薄かったり、抜歯部位の骨が著しくやせてしまったりした場合には、治療中に歯ぐきが退縮し歯根が露出することがあります。
ブラッシングが不十分で歯周病が進行した場合、歯肉退縮のリスクは高くなります。プラーク・コントロールを中心とした口腔衛生管理を十分に行ってください。
歯肉退縮が生じた場合、矯正治療を一時中断し歯周外科(歯ぐきの治療の専門家)に診察を依頼することがあります。このさい症状が重篤で歯の保存に影響すると診断された場合、露出面に歯ぐきを移植する手術が必要になることがあります。
歯根吸収
治療中、歯根が短くなることがありますが、健康な条件下で行われる場合は支障ありません。しかし、口腔衛生が十分に行われず、歯周病を引き起こした場合、歯の寿命に影響することがあります。
僅かな歯根吸収はほとんどの場合見られます。また極端な歯根吸収の確率はとても低く数千人に一人位といわれています。残念ながら歯根吸収のメカニズムはまだ解明されていませんが、重篤な場合は矯正治療を中止することがあります。
ブラック・トライアングル
歯が並んでくるに従い、隣り合う歯と歯そして歯肉の間に三角形の隙間ができて黒く見えることがあります。大人の矯正治療に多く、原因は加齢による生理的な歯肉退縮や、重なり合っていた歯がほどけて本来あった隙間が目立つようになることがあげられます。
ブラック・トライアングルは歯の健康上は問題ないのですが、自然に閉じることもありません。
治療前にどの程度隙間ができるかを正確に予測することは不可能です。
しかし見た目が気になる場合には、歯を少し削り形態修正をすることで目立たなくする方法や、隙間にプラスチックを詰めるなどの方法があります。
抜歯空隙の残存
抜歯部位の骨痩せ(歯槽骨の幅が狭くなること)が著しい場合、歯を動かすことができず隙間を残して治療を終了することがあります。
矯正治療のために抜歯した空隙は、多くの場合閉鎖できます。しかし上述のように骨痩せを生じた場合や、上下の歯の大きさにアンバランスがある場合は空隙を残すことがあります。
残存した隙間は、必要があれば補綴処置により閉鎖します。
歯の咬耗
矯正治療中に歯同士もしくは歯と矯正装置が強く当たることにより、歯の咬耗を生じることがあります。
エナメルクラック(マイクロクラック)
エナメルクラック(マイクロクラック)とは、エナメル質に見られる細かなひび割れ・亀裂のことです。
矯正治療以前の歯にも多く認められる現象です。
加齢変化、歯ぎしり、(咬合性)外傷、歯科治療などが原因と考えられていますが、その発生を完全に防ぐことはできません。
肉眼で確認できるものから、拡大鏡などを使わないと見えないものまであります。
エナメル質表面に限局しているものは、通常症状はなく経過観察となりますが、クラックが象牙質まで達するものは歯髄炎や歯牙破折の原因になるため保存処置が必要になります。
発音障害
特に裏側からの治療では装置が直接舌と接触するため、治療開始当初は正しい発音がしにくくなることがあります(サ行、タ行、ラ行で多い)。
口腔内は適応能力が強く、通常1ヶ月ほどで普通に発音できるようになります。
話しにくくなることで消極的にならず、積極的に話すことが早く慣れるための近道です。
顎関節症
治療中、開口障害、頭痛、耳鳴り、筋の硬直などを生じることがあります。
原因は外傷、姿勢、ストレス、咬み合わせなど多くの要因が複雑に絡み合っていることが多く、症状も関節雑音(口を大きく開けるときにコキコキ音が鳴る)、頭痛、耳鳴り、肩こり、顎の筋肉の痛みなどから関節内部の痛み、開口障害など様々です。
症状が重篤な場合は一時治療を中断して口腔外科の診察を受けて頂く場合があります。
後戻り
治療後の歯は、元の位置に戻る傾向があります。そのため装置除去後、きれいな歯並びを維持するために保定装置(リテーナー)を装着していただき後戻りを最小限に抑えます。
きれいな歯並びをくずしてしまう原因は2つあります。
治療後の戻り:動かした歯は必ずもとの位置に戻ろうとします。歯のまわりの組織を新しい環境になじませ、歯並びが安定するには2年程かかります。
加齢変化:矯正治療経験の有無にかかわらず、年をとることによる生理的変化のひとつとして、歯並びや咬み合わせも年々ゆっくりと変化していきます。
これらを防ぐために、当院では2年間の保定観察期間のあとも、就寝時にはリテーナーを使うことをお勧めしています。
治療効果と治療期間
治療期間は目安であり、治療効果によって延長する可能性があります。
歯の動きや治療効果には個人差があります。診断時の予想治療期間は目安であり、延長する可能性があります。また総合的な判断により治療計画を変更する場合があります。
矯正歯科治療では「患者さん自身の治療に対する協力」が不可欠です。処方された装置や補助装置(顎間ゴムなど)の使用状況、MFT(口腔筋機能療法)や日々の歯磨きなどの口腔衛生管理の実践状態、更には定期的な通院などが治療効果や治療期間に大きく影響します。
矯正装置の破損
矯正装置は使用中に破損、脱離することがあります。
矯正装置が脱離すると誤嚥の可能性があります。また破損した装置は口腔粘膜を損傷する可能性があります。過度な外力(咬合力や打撲等)が矯正装置に加わらないように注意が必要です。
また、矯正装置の破損・脱離が生じた際には、速やかにクリニックのご連絡ください。
補綴物の再製
補綴物(被せ物をしている歯)は矯正治療後に再製が必要になる場合があります。
補綴物は下記の理由で再製が必要になります。
1.金属やセラミックなどの補綴物には矯正装置が接着しにくいため、補綴物表面を削ったり、穴を開けたりすることがあります。
2.装置撤去時に補綴物が一部破損する可能性があります。
3.歯を動かすことにより、補綴物と歯質の境目のライン(マージン)が目立ってくることがあります。特に前歯ではマージンが目立つと審美性を損なうことがあります。
骨性癒着(アンキローシス)
歯が歯槽骨と癒着して動かないことがあります(骨性癒着/アンキローシス)。
骨性癒着(アンキローシス)は、歯根膜が喪失もしくは断裂し、歯根(セメント質や象牙質)と歯槽骨が石灰化癒合している状態です。
外傷、局所的代謝異常、咬合機能の喪失などが原因として考えられていますが、原因が明らかでない場合もあります。
術前に下記項目で骨性癒着(アンキローシス)の有無を診査します。
1.レントゲン
歯根の外形の消失、歯根膜のライン(歯根膜腔および歯槽硬線)の有無やセメント質の過形成などの所見。
2.打診音
歯を金属棒で軽く叩いた際の音(打診音)を参考にします。
骨性癒着(アンキローシス)の状態では、クッションとなる歯根膜を介さず骨に直接振動が伝わるため“高い金属音”を呈します。
3.生理的動揺の確認
骨性癒着(アンキローシス)せず健全な歯根膜が存在している場合、歯をつまんで前後に力を加えるとわずかに動揺します(生理的動揺)。
*骨性癒着(アンキローシス)は術前診査で完全には判りません。部分的な癒着などは上記の診査でも診断できないことがあります。必要な場合は外科的な方法で歯を移動したり、治療計画を変更したりする場合があります。
金属アレルギー
矯正歯科治療中に金属アレルギー症状が出る場合があります。
初診カウンセリングの問診時に、金属アレルギーの既往を確認しています。必要な場合には皮膚科にてパッチテストをしていただきます。
希望された装置に対してアレルギー症状が発生した場合には、止むを得ず装置・治療方法の変更をする場合があります。
マウスピース型カスタムメイド矯正装置(インビザライン/薬機法対象外)のようなプラスチック製のマウスピースでの治療へ変更する場合もあります。