マルチブラケット矯正装置の構造
矯正歯科装置の代表的なものが、ブラケット(ワイヤーを通すアタッチメントで歯面に接着剤でつける)とアーチワイヤ(歯を動かす力を生み出すワイヤー)からなるマルチブラケット矯正装置(MBA)と呼ばれるものです。MBAには次の2種類があります。
1. 舌側矯正 MBAが歯の裏側に装着される
2. 表側矯正 MBAが歯の表側に装着される
ローフォース、ローフリクションの治療
現在の矯正治療は「ローフォース(弱い矯正力)、ローフリクション(ブラケットとワイヤー間の摩擦が少ない)」の考え方が主流です。
歯根膜の血流を阻害しない範囲の「弱く持続的な矯正力」により、歯槽骨代謝が促進されて「歯の移動に骨がしっかりついてくる」ことが確認されています。
それでは“どのような仕組みで歯は動くのでしょうか?”
1)歯根膜について
歯根膜は歯根周囲を取り巻き,歯と歯槽骨を結び付けその空隙を満たしている線維性結合組織(コラーゲン繊維)です。 歯根膜には血管や神経が網目状に広がり、歯根への栄養供給や、咬合力を和らげるクッションの役割をするとともに、その刺激・感触を脳へ伝える働きがあります。
血管構造は繊細・脆弱なネットワークで、歯根と歯槽骨壁の間の歯根膜(薄いクッション)の中に広がっています。 ヒトの歯根膜(歯周靭帯)でも同様な構造が認められます。ローフォース、ローフリクションの考えは、この「繊細・脆弱な血管の ネットワーク」=「生体の代謝」に配慮した治療法です。
2)適切な矯正力が加えられた時の歯根膜周囲の反応
歯に適切な矯正力(歯根膜の血流を阻害しない)が加えられると、歯が移動する側(圧迫側)では歯槽骨壁と歯根とを結合している主繊維が圧縮され歯根膜の組織圧が上昇します。
歯根膜繊維は一定の厚みを維持しようとするため、固有歯槽骨の骨膜が反応して破骨細胞(骨を吸収する細胞)を生じ,圧迫部位の歯槽骨壁を吸収します(直接性吸収)。
また反対側(牽引側)では主線維が伸展し,線維中に介在する血管の血流亢進が生じ、主線維の付着している固有歯槽骨の骨膜で骨芽細胞(骨を造る細胞)の増殖・代謝活性が促進され、骨が新生されます。
3)過度な矯正力が加えられた時の歯根膜周囲の反応
一方、歯に加えられる矯正力が強すぎると、主繊維が圧迫され血管が閉塞して歯根膜に重度の血流障害が生じます。
それにより線維などの細胞基質は変性してしまいます(硝子様変性)。
破骨細胞はこの変性組織周囲の歯槽骨表層には接近できないため、骨髄側に出現した破骨細胞により歯槽骨壁の背面あるいは側面からの吸収が進みます (間接性吸収:隣接する障害を受けていない領域に由来する細胞の働きで行われる骨吸収)。
この様式では吸収すべき骨の量が多くなるとともに血管の再形成を待たなくてはならないため、歯の移動には相当な時間を要します。
1)従来のブラケットでのワイヤーの固定方法
ワイヤーとブラケット・スロット(ワイヤーが収まるコの字型の溝)は結紮線(細い固定用ワイヤー)やエラスティック(ゴム製の固定材)によりタイトに固定されていました。
ネジレやデコボコが強い歯にワイヤーを結びつけると、その歯には生物学的許容範囲よりも強い力が加わるため、一種の貧血状態を生じます。これは骨の代謝を遅らせるとともに、歯の周りの組織にもダメージを与えてしまいます。 この状態で歯を動かすことは「ブレーキを踏みながら車を走らせている」様なものです。
1)セルフライゲーション・ブラケット装置でのワイヤーの固定方法
最大の特徴は、結紮線やエラスティックを用いずシャッターやクリップの様な構造でワイヤーを固定することです。
当院で使用している代表的なセルフライゲーション・ブラケット装置(デーモンブラケット)は“シャッター式の「パッシブ・セルフ・ライゲーティング・システム」です。スロットが四角いトンネル状になっており、ワイヤーの動きに自由度があり、歯を締め付けることがありません。
3)歯列矯正用ワイヤーの選択
ローフォース、ローフリクション治療を実現するため、当院ではマルチブラケット矯正装置だけでなく歯列矯正用ワイヤーにこだわりをもっています。
カッパーナイタイ
ニッケル・チタン合金に銅を加えることで特定の温度変化率を持たせたワイヤーです。 治療初期のデコボコが強い段階(ワイヤーのたわみが大きい)では、 発揮する力が弱く歯の血流を守ります。歯が並んできてワイヤーのたわみが少なくなるに従って、相対的な硬さが増し強い力を発揮します。
ローフリクションTMA
従来のステンレス・スチールワイヤーの2倍の弾性と42%の硬さを持つ便利なワイヤーです。 特殊な表面加工により滑りが良く治療の妨げとなるワイヤーとスロット間の摩擦を大幅に減少しました。